
鶴羽根神社から徒歩2分にある明星院に行きました。
明星院は、毛利輝元が母の位牌所として建立した妙寿寺(院号 明星院)でしたが、福島正則が、寺領二百石を附して祈祷寺を命じました。その後の浅野時代でも、御城の鬼門にあたることで、領内鎮護の祈祷所と定められました。又、始祖長政とその夫人の位牌を安置したことで、更に寺領を二百石賜ることになりました。天保6年(1835年)、第9代藩主浅野斉粛(なりたか)が境内の西側に始祖長政公の御霊(みたま)を祀るため饒津神社を造営。以後、明星院は饒津神社の別当とされました。昭和20年(1945年)、原爆ですべての建物が焼失してしまいました。現在の建物は昭和49年(1974年)に再建され、堂内には広島浅野藩の分家にあたる赤穂義士四十七体の木像が安置されています。
入口付近には案内図や明星院大壇主 八木兵衛翁の銅像があります。
通路の右に護摩堂(不動堂)があります。
護摩堂の右にお目当ての七福神毘沙門天があります。
毘沙門天は、こわい顔をして身を甲冑で固めていますが、私たちの外の敵から守ってくださる優しい神さまです。右手に財福を生み出す宝棒を持ち、左手に捧げる宝塔は、災難を取り除き、限りない幸福を生み出すと云われています。
毘沙門天の脇道から入ると、なんと七福神堂があり、ずらりと七福神があります。
さらに進むと、水掛け不動尊があります。
護摩堂の左には銭洗い不動明王があります。「ある時の倹約 ない時の辛抱」深いですが、なかなかできませんが不浄を洗い清めることを心に置いておきますm(__)m
護摩堂から進むと中門があり、そこには風神・雷神がお出迎え。数年前までは、焼きついた仁王が安置され、門自体も通路部の屋根が無く、阿と吽が分断されたようになっていたが、再建されたようです。
中門をくぐり境内右へ行くと銅製の子安観音像・六地蔵尊・子授け地蔵菩薩・子育て地蔵尊・水子地蔵菩薩と続きます。
境内には被爆の松・被爆のイチョウがあります。
最後に本堂に到着です。本堂内には赤穂義士木像があるそうですが画像はありません。
境内は手入れされており、すがすがしい気持ちになりました。
七福神、残すところあと1つ数日に分けて廻りましたがとても気持ちが晴れてくる七福神めぐりだったなーと感慨深い気持ちになりながらも、あと1つそのままの足で廻っちゃいます♪
投稿者 支配人 佐藤
店・スポット名 | 明星院 七福神:毘沙門天 |
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カテゴリー | 観光名所 |
ジャンル | 寺 |
エリア | 広島市東区 |
住所 | 広島市東区二葉の里2丁目6-25 |
電話番号 | 082-261-0551 |
営業時間 | |
URL | http://myojyoin.com/myojyoin.html |
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